性同一性障害者の女性用トイレ使用禁止は差別?

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性に対する認識は人それぞれ、だからこそとっても難しい問題です。

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性同一性障害者の女性用トイレ使用禁止は差別?

トイレって言うのは究極のプライベート空間で、同性同士でも抵抗がある為一昔前のトレンドワードにも上がった音姫なんてありましたよね。

最初に断っておくと、僕自身は性同一性障害を始めそもそも同性愛なんかにも比較的寛容です。

友人にも同性愛者や両性愛者はいますし、尊敬しているQUEENのフレディ・マーキュリーもそうだったからっていう影響なのか、そういうのに一切の抵抗がありません。

その上で、今回の経産省の判断は適切であったと思います。

何かあった場合の責任の所在

一番の問題はこれに尽きると思います。

もしこれが認められれば、性同一性障害の振りをして犯罪行為を行う愚か者が出てこないとはいえないですし、いざそうなった場合は「抵抗が無い」と答えた女性側も追求する側に回らざるを得ません。

そりゃそうでしょ、誰だって盗撮やのぞきなんざされたくありません。

そうなった時に仮に女性側から集団提訴された場合、1人の職員と天秤に掛けてどっちがより被害が大きいかで考えた場合確実に前者です。

もちろんその訴訟内容にもよるでしょうけれど、世間の関心の大きさは確実に複数訴訟ですからね。

そういう色々な問題を解決した上で決めなければならない問題、残念ながらまだまだ日本はセクシャルマイノリティの方々に対して先進的とは言い難い部分は多々あると思います。

性別が逆だった場合

究極の話になってしまいますが、仮にこの訴訟を起こした方の性別が逆(女性として生まれたが心は男性)の場合、正直な話今回の件よりは認められる率が上がるとは思います。

僕は男ですが、女性用トイレに元男性が立ち入るのと男性用トイレに元女性が立ち入るのでは雲泥の差があります、悲しいかなこれが現実と言うか・・・。

第一現状でもありますからね、男性用トイレに女性の掃除係の方がいらっしゃったり、男性用浴場も同じく。

酷い時なんか、女性用トイレが混んでいるからという理由で男性用トイレに入ってくるおばちゃんなんかもいます・・・笑。

ぶっちゃけ僕個人は多分世間一般の女性ほど拒否反応は示しません。恐らく世間の男性方も同じじゃないかなーと思います。

じゃあどうするべきか

この訴訟を起こした職員の方のお気持ちは痛い程分かります。だってこれって認められれば、最もプライベートな空間の一つであるトイレに立ち入れる=自分が女性だと世間に完全に認められると同義ですもんね。

ただ、やっぱり抵抗感があると答える職員がいらっしゃる限りこの処置は最も正解に近いと考えるべきではないでしょうか。正解なんて無いに等しいテーマではあるんですけれどね。

仮に今認められたとしても、新しい女性職員が入ってきてその方が抵抗感があると訴えた場合どうするのか。新入職員の抵抗感を尊重し性同一性障害の方にこれまでとは違う方法を指示するのか、これまでの経緯を踏まえ新入職員には我慢を強いるのか。

もしこうなってしまえばいよいよどっちに転んでも人権侵害だ!と訴えられかねません。だから凄く冷たい言い方をしてしまえば、今回の件は適切であったと評価するべきです。

セクシャルマイノリティに寛容な世界になるといいですね

結局のところ、個人の価値観でしかないんです。

性転換手術をして戸籍も完全に異性になった!と公表したところで、人によっては「でも元は違うじゃん」と思ってしまう人ももちろんいるでしょうし、そうじゃないありのままのその人を受け入れられる方ももちろんいます。

こればっかりは僕自身はセクシャルマイノリティではないので蚊帳の外からの身勝手な意見になってしまいますが致し方ない事だと思いますし、それを人権侵害だ!今の性別を認めろ!と強いるのはちょっと強引過ぎないかなあと感じています。

人間にはどう頑張ってもその人の感性で受け入れられない部分は存在するものです。それがたまたま性の部分での価値観として現れてしまったら、それを受け入れるのは中々難しい部分があるでしょう。

ただ、セクシャルマイノリティの方々に寛容な世界にはなって欲しいとは思います。

悲しいじゃないですか、自分は本当は認知されている性別と違うにも関わらずそれを罪のように隠して生きていかなきゃならないなんて。

同じ地に生を受けた人間同士で、方や「みんな違ってみんな良い」みたいな事を言っておきながらそれを自己否定しているような支離滅裂な人はいっぱいいます。でもそれが人間であって、それが感情でもあります。

僕はセクシャルマイノリティを差別しませんし、同僚や友人と言う立場であれば普通に接してきましたしこれからもそうするつもりです。

だた、その価値観が認められない!と言う人同士で争いが起こるような状況だけは今後少しでもなくなって行けばいいなあと思っています。